労働

 フリーターやニートいった、定職を持たない若者が増えているといいます。仕事が自分に合わなかったり、嫌ならすぐに辞められるから、というのがその理由のようです。しかし、最初から自分に合う仕事などこの世にあるのでしょうか。自分が仕事に合わせていくから、仕事が自分に合うように成るのではないでしょうか。働くことを労働といいます。体を使おうが、頭を使おうが、お金を貰う労働に、楽なものなどありません。

 ところでその労働が、仕事の仕方によって、三種類の労働になるといいます。一つは、牢屋の牢に、働くという字を書いた牢働です。これは監獄の囚人が、看守のムチや罰が怖いからといって働く牢働です。上司の目が怖いから、奥さんに叱られるのが怖いから働く、という人の労働がこれです。

 次は、普通に書く労働です。本当は嫌だけれど、お金のため、家族のために、生活のためにイヤイヤ働くという労働です。ニンジンを貰うために働く馬と同じ種類の労働です。

 大方の人の労働は、この種類なのではないでしょうか。とすれば、私たちは馬並みということです。

 三番目の労働は、朗らかという字の朗に働くと書く朗働です。仕事が楽しいなどということはありません。どんな仕事でも、それが仕事であるかぎり大変なことです。楽して得は取れるものではありません。その仕事を、叱られるからとか、金のためというだけでなく、天から与えられた仕事と受け止め、朗らかに楽しんでするのが朗働だというのです。

 同じ仕事が、監獄の囚人の牢働になったり、馬と同じ労働になったり、働くことを楽しむ朗働になったりするのです。そして、その働き方によって、その人の人間としての価値が決まるのです。あなたはどんな労働をしているでしょうか。

(平成18年11月1〜15日 テレホン説教)

 

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