蓮華のように

 年の瀬が押し迫った今頃になると、いつも思い出すのが「それ見たか 常が大事だ 大晦日」という昔の歌です。

 まだまだと思っている内にやって来る大晦日を目の前にして慌てる私たち。昔も今も変わらぬ、私たち人間の愚かさを感じさせる歌です。

 「牛は水を飲んで乳とし、蛇は水を飲んで毒とする」という仏教の教えがあります。同じ水を飲んでいるのに、牛はその水で牛乳を作り、蛇は毒を作る、というのです。

 一年三百六十五日、地球上の六十三億の人間が、みな同じ一年という時間を過ごしたのですが、はたしてこの一年で私たちは乳を作ったのか、毒を作ったのか?

 子供や学生は、一年で体が大きくなったり賢くなったり、学年が進級したりと、確かに一年の成果が目に見えます。しかし私たち大人にはそれがわかりません。それだけに同じ一年を自分はどんな生き方をしたかを、ぜひ振り返って考えてほしいと思います。

 世の中、中々思い通りにはなりません。人間もドンドン悪くなっていくような気がします。こんな世の中、こんな人生と、時には逃げ出したくなる毎日です。ところで、泥水に育った蓮華は、その泥に染まらない美しい花を咲かせます。妙法蓮華教とは、泥の様にどうしようもないこの人生。だからこそ美しい蓮華の花が咲くということを教えたお経です。蓮華が泥水で綺麗な花を咲かせるのに反して、山葵は綺麗な水でないと育たないといいます。そしてその綺麗な水に育った山葵が「辛い」という不思議さが妙法なのです。

 年の瀬。この一年、自分は乳を出したのか毒を出したのかを反省すると共に、新しい年が泥のような世の中であっても、だからこそ蓮華の花のように生きることを仏さまに誓いたいものです。

(平成18年12月16〜31日 テレホン説教)

 

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